インターネットの出現で破産!


しかし、当然ですが、こんなハタから見れば羨ましいばかりの日々も長くは続きません。その後どうにか無事卒業する事が出来た私は、古美術業界で更に飛躍をする為に、アメリカでの仕事を切り上げ、東京の某一流古美術店に就職、東京美術倶楽部に出入りをしながら、今度は東洋鑑賞古美術への参入をもくろみました。しかし、その間も日本の景気は悪化の一途をたどり続けます。

 

良い品物はどんどん海外へ流出し、骨董屋商売も厳しい現実に立たされるようになって来ました。どこの一流古美術商も昔の杵柄で、所蔵していた品物を売り食いしているような状況だったのです。一見華やかに見える美術業界も、やはりバブル時代の余韻で食べているという状況だったのです。

 

その後、東京の古美術店を退社して実家へもどった私は、父と共同で小さな西洋骨董の店をオープンします。当初こそ、ものめずらしさもあって、それなりの売り上げを確保していたお店でしたが、景気の悪化はいかんともし難い状況になって行きました。

 

更に我々には悪い状況は続きます。インターネットの出現です。今まで情報が命のこの仕事は、インターネットの出現でかなり様変わりして行きました。これまでならば、買いたい側も売りたい側も情報がないからこその仲介業務だったのが、インターネットの普及で、お互いの接点が見出し易くなってしまったわけです。

 

更にインターネットオークションで簡単に見つかるようにもなっていく。

 

こうした中から、個人が片手間に仕入れてネットで売りさばくというサイドビジネスが横行し始めます。別段個人のやる事に文句はありませんが、片手間でやる人にとっては少しでも小遣い稼ぎになればよいという感覚でやりますので、損しなければ良いという価格で売ってしまう。

 

その情報はネット上に残り、買う側にとっての価格指標になってしまう。買う側にとっては、とにかく安く買いたいというわけで、例えば今まで日本での相場が120−180万していた蓄音機は、どんどん根が下がって行きました。最終的には70万という、コストと販売価格がイーブンのところまで行きました。

 

こうして荒らされた市場で儲ける事は至難の業で、どれだけコンディションの良さやアフターサービスを訴求しても、価格に負けてしまうという事が起こり始めます。

 

そうした状況と並行してじわじわと不景気の波が押し寄せる。気が付けば私が経営していた最後の数年は、アメリカ時代に貯めた蓄えを取り崩して食いつないでいたという状況になっていました。

 





Copyright © 2014 ★カリブ海カンクン徒然日記★ All Rights Reserved.